東京高等裁判所 平成11年(行ケ)50号 判決 2000年2月22日
原告
A
訴訟代理人弁理士
B
被告
明和産業株式会社
代表者代表取締役
C
訴訟代理人弁護士
矢吹輝夫
同
丸島俊介
同
矢吹公敏
同
渡部典子
同弁理士
D
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1原告が求める裁判
「特許庁が平成10年審判第35208号事件について平成10年12月22日にした審決を取り消す。」との判決
第2原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「所定振動数を有する電動歯ブラシの歯磨き方法」とする特許第2668631号発明(平成5年3月19日特許出願、平成9年7月4日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成10年5月14日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は、これを平成10年審判第35208号事件として審理した結果、平成10年12月22日に「特許第2668631号発明の特許を無効とする。」との審決をし、平成11年1月23日にその謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲把持部とこの把持部に内蔵した電動式モータと把持部に係合する歯ブラシ部とモータ駆動時に振動を発生させる偏心重錘とからなり前記モータの駆動によって歯ブラシ部を振動させ、この振動を利用して歯磨きを行う電動歯ブラシによる歯磨き方法において、前記電動歯ブラシの重量及び偏心重錘の重量と重心位置とを予め決定し、これらの決定した条件に応じて前記モータの出力を約毎分6,000~8,000回転程度の範囲内に設定し、前記モータを駆動させて高い快適度を確保するとともに十分な歯磨き効果を確保すべく約毎分6,000~8,000回程度の範囲内の振動を発生させ、この振動を前記歯ブラシ部のブラシ先端に伝達させるとともに、振動によって生ずる歯ブラシ部の軸方向に対して直角且つ微細な円運動により前記ブラシの軸方向の押圧力を強化させ、この強化させた押圧力を利用して歯磨きを行うことを特徴とする所定振動数を有する電動歯ブラシの歯磨き方法。
3 審決の理由
別紙審決書の理由(一部)写しのとおり(なお、審判手続における甲第4号証(本訴における甲第7号証)の米国特許公報を、以下「引用例」という。)
4 審決取消事由
本件発明と引用例記載の発明が審決認定の相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、一致点の認定及び相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 一致点の認定の誤り
審決は、本件発明と引用例記載の発明は「ブラシの軸方向の押圧力を強化させ、この強化させた押圧力を利用して歯磨きを行う」点において一致する旨認定している。
本件発明は、ブラシの先端を歯に接触させ振動させることによって洗浄効果を得る方法に関するものである。これに対して、引用例に「この装置10は、物理的に歯を「こすり洗い」するのには使われない。」(5欄59行,60行)と記載されていることから明らかなように、引用例記載の発明は、ブラシの先端を歯に接触させることなく、液体等の媒体の振動によって洗浄効果を得る方法に関するものである。
したがって、審決の上記認定は誤りである。
(2) 相違点の判断の誤り
審決は、引用例に記載されている毎秒90~100サイクルの振動は毎分5,400~6,000回の振動であり、本件発明の要件である約毎分6,000~8,000回転程度の範囲内の振動のうち毎分6,000回を含む点において一致する旨判断している。
しかしながら、本件発明において「約毎分6,000回転程度」の振動数が下限値であるのに対して、引用例記載の発明において「毎分6,000回」の振動数は上限値であるから、同じ毎分「6,000回」の振動数であっても、両者がもたらす作用効果が同一であることはあり得ない。
そして、審決は、振動数が増加すれば歯磨き効果が増加することは容易に推測できることであり、引用例にも可聴音の範囲の他の振動数を適用しても効果的であることが示唆されているから、歯磨き効果を向上させるために6,000回以上の振動数を適用することは容易になし得たことである旨判断している。
しかしながら、本件発明の要件である振動数の範囲は、歯磨き効果の向上と同時に、高い快適度を確保するという観点から決定したものである。これに対して、引用例には、快適度に関する記載が全く存在しないから、審決の上記判断は論拠を欠くものといわざるをえない。のみならず、引用例記載の発明は、前記のように液体等の媒体の振動によって洗浄効果を得る方法に関するものであるから、振動数が増加すれば歯磨き効果が増加すると考えることには疑問がある。
これに対して、本件発明はブラシの先端を歯に接触させ振動させることによって洗浄効果を得る方法に関するものであるから、振動数が重要な問題となるのであって、原告は多くの実験を経て、本件発明の要件である振動数の範囲を得たのである。したがって、振動数を「約毎分6,000~8,000回程度の範囲内」とする数値限定には格別の臨界的意義は認められないから、振動数をこの範囲内に設定することは当業者ならば適宜になし得た事項にすぎず、また、電動歯ブラシの重量及び偏心重錘の重量と重心位置を予め決定し、その条件に応じてモータの出力を約毎分6,000~8,000回転程度に設定することは単なる設計事項であり、これによりブラシ先端に微細な円運動を生じさせる点も必然的に生ずる程度のものであるとする審決の判断は、失当といわざるを得ない。
(3) 以上のとおりであるから、本件発明の進歩性を否定した審決の判断は誤りである。
第3被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 一致点の認定について
原告は、本件発明が、ブラシの先端を歯に接触させ振動させることによって洗浄効果を得る方法に関するものであるのに対して、引用例記載の発明は、ブラシの先端を歯に接触させることなく、液体等の媒体の振動によって洗浄効果を得る方法に関するものであるから、一致点に係る審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、電動歯ブラシを含む歯ブラシは、ブラシの先端を歯に接触させ運動させることによって洗浄効果を得るものが極めて一般的であって、引用例記載の発明の電動歯ブラシももとよりこの型のものである。引用例の5欄59行,60行の「この装置10は、物理的に歯を「こすり洗い」するのには使われない。」との記載は、歯ブラシを“scrub”(強く押し付けてゴシゴシ擦る)ようなことはしないことを意味するにすぎないから、原告の上記主張は誤りである。
2 相違点の判断について
原告は、本件発明において「約毎分6,000回転程度」の振動数が下限値であるのに対して、引用例記載の発明において「毎分6,000回」の振動数は上限値であるから、同じ「毎分6,000回」の振動数であっても、両者がもたらす作用効果が同一であることはあり得ない旨主張する。
しかしながら、電動歯ブラシの構造が一致し、その振動数が一致する以上、得られる作用効果も同一であると考えるのは当然のことである。
また、原告は、本件発明の要件である振動数の範囲は歯磨き効果の向上と同時に、高い快適度を確保する観点から決定したものであるのに、引用例には快適度に関する記載が全く存在しない旨主張する。
しかしながら、快・不快は個々人によって大きな差があるから、本件発明の要件である「快適度」は客観的に定義されなければならない。しかるに、本件発明の明細書にはこれについて何らの記載も存在しないから、原告の上記主張は無意味なものである。
この点について、原告は、多くの実験を経て本件発明の要件である振動数の範囲を得た旨主張する。
しかしながら、歯磨き効果が振動数にほぼ正比例して向上することは自明であるから(別紙図面参照)、振動数を「約毎分6,000~8,000回程度の範囲内」に設定することは当業者ならば適宜になし得た事項にすぎないとした審決の判断は正当である。
理由
第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。
1 技術的課題(目的)
本件発明は、振動式の電動歯ブラシの歯磨き方法に関するものである(2欄6行ないし11行)。
従来の振動式電動歯ブラシは、振動数を毎分約2,000~3,000回程度に設定しているが、別紙図面に示されているように、この範囲の振動では快適度が低いうえ、十分な歯磨き効果を得ることができない(3欄49行ないし4欄5行)。
本件発明は、上記のような従来技術の不都合を解決するために創案されたものである。
2 構成
上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし2欄3行)。
3 作用効果
本件発明によれば、高い快適度を得ながら歯磨き効果を向上させることができるので、歯磨き時間を短縮することができるとともに、振動によって歯グキのマッサージを行うことができる(6欄49行ないし7欄21行)。
第3以上を前提として、原告主張の審決取消事由の当否を見当する。
1 一致点の認定について
原告は、本件発明が、ブラシの先端を歯に接触させ振動させることによって洗浄効果を得る方法に関するものであるのに対して、引用例記載の発明は、ブラシの先端を歯に接触させることなく、液体等の媒体の振動によって洗浄効果を得る方法に関するものであるから、一致点に係る審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、電動歯ブラシを含む歯ブラシが、ブラシの先端を歯に接触させ運動させることによって洗浄効果を得るものが極めて一般的であることは当然であって(このことは、歯磨き液などの媒体を使用する場合であっても何ら変わりはない。)、引用例記載の発明の電動歯ブラシがこれと異なる構造のものであると解すべき理由は全く存在しない。甲第7号証によれば、引用例には「振動する剛毛は音場を作り出しており、ヘッド24を囲む液体の媒体(中略)中で音の流れによる(中略)現象を発生させている。特に、音の流れによる効果は、連続した粘着性のある圧力となっており、歯の表面に沿って天然のごく小さい液体障害を破るために生じており、特に連通不可能な近い領域で歯茎の縁に沿って、実質的に口を衛生的にする効果が達成され得る。」(5欄43行ないし51行)と記載されていることが認められるが、電動歯ブラシの「振動する剛毛」が、その先端を歯に接触させることなく、単に音場を作り出すためのものと解するのは技術的に不合理であるから、この記載も、引用例記載の発明の電動歯ブラシが、ブラシの先端を歯に接触させ運動させることによって洗浄効果を得るものであると認めることの妨げとはならない。
この点について、原告は、引用例には「この装置10は、物理的に歯を「こすり洗い」するのには使われない。」(5欄59行,60行)と記載されている旨主張する。
前掲甲第7号証によれば、上記「こすり洗い」の原文は“scrub”であることが認められ、乙第2号証(新英和大辞典)によれば「scrub」は「(ブラシ・布などで)ごしごしする,ごしごし洗う」意味であると認められる。そして、乙第1号証(新歯ブラシ事典)の61頁に「電動歯ブラシの使い方」として「歯ブラシが作動しているときは把柄部を支え持ち,ゆっくり一定の軽い力で圧を加えながら移動する(強く押しつけ過ぎないこと)」と記載されていることを考慮すると、引用例の前記記載は、歯ブラシを歯に強く押し付けてゴシゴシ擦るようなことはしないことを意味すると解するのが相当である。
以上のとおりであるから、本件発明と引用例記載の発明の一致点に関する審決の認定に誤りはない。
2 相違点の判断について
(1)原告は、相違点の判断の誤りをいう前提として、本件発明において「約毎分6,000回程度」の振動数が下限値であるのに対して、引用例記載の発明において「毎分6,000回」の振動数は上限値であるから、同じ毎分「6,000回」の振動数であっても、両者がもたらす作用効果が同一であることはあり得ない旨主張する。
しかしながら、電動歯ブラシの構造が一致する以上、同一の振動によって得られる作用効果はほぼ同一であると考えるのは当然のことであるから、本件発明の要件である振動数の下限と引用例記載の発明の要件である振動数の上限が同一の作用効果をもたらすことを前提として相違点の判断をすることには、合理性があるというべきである。
(2) 原告は、本件発明の要件である振動数の範囲は歯磨き効果の向上と同時に高い快適度を確保するという観点から決定したものであるのに、引用例には快適度に関する記載が全く存在しないから、歯磨き効果を向上させるために6,000回以上の振動数を適用することは容易になし得たことであるとする審決の判断は論拠を欠いている旨主張する。
しかしながら、歯磨き効果が歯ブラシの振動数の増加とほぼ正比例して向上することは技術的に明らかであり(甲第2号証の図6参照)、かつ、前掲甲第7号証によれば、引用例には「毎秒90~100サイクルの大きさの振動エネルギーを用いることにより、最適な結果をもたらすことができる。しかしながら、可聴音の範囲の他の振動数を適用しても効果的である。」(5欄72行ないし6欄1行)と記載されていることが認められ、100サイクルを上回る振動数が可聴音の範囲に属することは当然であるから、引用例には電動歯ブラシの振動数として100サイクル、すなわち毎分6,000回を上回る振動数を適用することも記載されているということができる。したがって、歯磨き効果を向上させるために6,000回以上の振動数を適用することは容易になし得たことであるとする審決の判断が正当であることは明らかである。
なお、前掲甲第2号証によれば、本件発明の明細書には「図6に示す如く、約毎分2,000~3,000回程度の範囲内の振動においては、歯磨き時の快適度が低く、実用上不利であるとともに、十分な歯磨き効果を得ることができないという不都合がある。また、電動歯ブラシの振動数を所定値、例えば約毎分8,000回以上とすると、十分な歯磨き効果を確保することはできるが、図6に示す如く、快適曲線が快適域から不快域に移行することとなり、歯磨き時の不快度が増し、実用上不利であるという不都合がある。」(4欄2行ないし12行)と記載されていることが認められる。この記載と、図6(別紙図面)とを対比すれば、本件発明の発明者は、ある程度以下の低い振動数では刺激が弱すぎて歯磨き時の快感が得られないが、ある程度以上高い振動数では刺激が強すぎて不快となるとの認識を有していたと認められる。しかしながら、たといそうであったとしても、振動数を毎分6000回以上とすることは、この認識のない者によっても、別の認識の下になされ得ることは論ずるまでもないことである。さらに、どのような状態をもって快適とし、どのような状態をもって不快とするかは、個々人によって大きな差があるから、本件発明の要件である「快適度」(別紙図面の「快適曲線」)は、客観的に定義されなければ技術的意義を持ち得ないものというべきであるのに、前掲甲第2号証によれば、本件発明の明細書には「快適度」あるいは「快適曲線」の定義について何らの記載も存在しないことが認められる。したがって、引用例には快適度に関する記載が全く存在しないことを理由として、本件発明の進歩性をいう原告の主張は無意味なものといわざるを得ない。
原告は、電動歯ブラシの重量及び偏心重錘の重量と重心位置を予め決定し、決定した条件に応じてモータの出力を約毎分6,000~8,000回転程度に設定することは単なる設計事項であり、これによりブラシ先端に微細な円運動を生じさせる点も必然的に生ずる程度のものであるとする審決の判断は失当である旨主張する。しかしながら、電動歯ブラシの振動数を「約毎分6,000~8,000回程度の範囲内」とすることに容易に想到し得たことが前述のとおりである以上、本件発明が要件とするその余の構成は、当業者ならば適宜になし得た設計事項に属すると解するのが相当である。
このことは、本件発明の明細書自体、「電動歯ブラシの重量及び偏心重錘の重心位置を予め決定し、これらの決定した条件に応じて前記モータの出力を約毎分6,000~8,000回転程度の範囲内に設定し」との構成については、それ以上具体的には何らの開示も行っていないとの事実(甲第2号証によって認められる。)によっても裏付けられるところである。
以上のように、相違点に関する審決の判断にも誤りはない。
第4以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他、審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、審決の取消しを求める原告の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
<以下省略>